2024年3月、軍艦島の上陸ツアーに行ってきました。
少しずつ崩壊が進んでおり、数十年後には同じ姿を見ることはできなくなるかもしれません。
上陸できる部分はほんの一部分ですが、写真多めにご紹介します。
軍艦島とは、長崎県長崎市、長崎半島からおよそ4.5Kmの沖合に浮かぶ島で、正式名称は端島といい、戦艦土佐にその姿が似ていることから、軍艦島と呼ばれるようになったといいます。
軍艦島は明治から昭和にかけて大規模な海底炭鉱として栄え、日本の近代化、さらに太平洋戦争敗戦後の復興を支えてきました。
石炭から石油へのエネルギー転換や、輸入石炭の増加(製鉄には石炭が必要)により、国内産石炭の需要は減少し、1974年に閉山となりました。
2015年に端島炭鉱を構成遺産に含む、明治日本の産業革命遺産として世界文化遺産に登録されました。
もともとは、南北320m、東西120mの小さな島でしたが、6度にわたる埋め立て工事により、最終的には南北480m、東西160mの島となりました。
島の周囲は、波の浸食や、台風による高波から島を守るために護岸堤防で囲まれていますが、台風の際には15mを越える高波が、堤防をやすやすと乗り越え、鉄筋コンクリート造の高層住宅をも覆うほどであったといい、その時の写真も残っています。
その岸壁の一部、明治時代に作られた石組みの護岸が世界遺産として登録されています。
1960年代に人口が5000人を超え、その人口密度は当時世界一でした。
島には、住宅だけでなく、病院、商店、小中学校、幼稚園、交番、プール、映画館やビリヤード場、パチンコ屋などの娯楽施設、寺院、バーやスナック、遊郭などがありました。
人口の増加に伴い、限られたスペースの中での居住地の確保のため、住居は高層化する必要がありました。
猛烈な台風や、潮害から守るために、1916年(大正15年)に鉄筋コンクリート製の高層集合住宅(30号棟)が作られました。これは日本で初めての鉄筋コンクリート製の高層集合住宅でした。
ただし、当時の工法が未熟であったこと、材料の不足から海砂を混ぜていたことなどから、無人となった今では急速な劣化が進行しています。
端島炭鉱も例にもれず、危険と隣り合わせの仕事であり、24時間操業の8時間労働3交代制での重労働でもあることから、賃金は高く、当時非常に高価で普及率が10%であったカラーテレビを持つ家庭は100%でした。
高層集合住宅にエレベーターはなく、小中学校に短い期間でしたが給食用のエレベーターだけがあったようです。
島には24時間常に明かりが灯り、不夜城のごとく輝いていたと言われています。
とても綺麗だったでしょうね。
端島炭鉱から産出される石炭は、瀝青炭といい、その中でも最も火力の強い強粘結炭で、製鉄には欠かせないものでした。
島の直下に炭層があるため、当初から竪坑方式で行われ、最終的に竪坑の最深部は600m(第二竪坑)に達しました。スカイツリーが1本入る深さです。坑道の深さは1000mに達していました。
端島炭鉱の石炭は、自然発火性が強く、ガスの湧出量も多かったため、採掘は難しかったようです。
採掘された石炭は、島内で精炭され、北九州の八幡製鉄所に送られました。
閉山後、無人となった軍艦島ですが、家財道具などがそのまま残っていたりします。
そのため、人類が滅亡したかのような寂しさと恐ろしさがあります。
しかし、これは閉山時に三菱マテリアルから、島民全員に対して、新しい住居と仕事先の斡旋があり、家具も家電も用意してあったため、持っていく必要がなかったからと言われています。
島を保有していた三菱マテリアルは、2001年、高島町に島を無償譲渡し、2005年に高島町が長崎市に編入されたことで、島の所有権は長崎市となりました。
建物の老朽化により、安全面から島内への立ち入りは長らく禁止されていましたが、ある程度の安全面の確保ができたことにより、2009年から観光客が上陸できるようになりました。
ただし、上陸を許可されているツアー会社は限定されており、条例により見学施設以外の立ち入りは禁止です。
長崎港からおよそ40分。
さほど揺れることはなかったですが、天候によっては、酔い止めも効かないくらいとのこと。
船は、走行中前方が最も上下に揺れるため、できるだけ後方に座ることをお勧めします。
ただし、出航数十分前でもすでに後方席は満席でしたので、早めに到着することが良いでしょう。
軍艦島までは、意外とすぐに到着します。
上陸できる桟橋はひとつで、防波堤がないため波が高い時は上陸できません。
当時は人員が上陸できないような時化のときでも、映画フィルムは水揚げしていたと言われており、それだけ住民は映画を楽しみにしていたようです。
軍艦島到着後、島の周囲を一周してくれます。角度によって全く異なる姿を見ることができます。
そうこうしている間に、上陸の許可が出たとのことで、桟橋へ。
軍艦島へ訪れるのは、予約がとれて、時化ていなければ、意外と簡単に行くことができます。
上陸できる場所はごく限られてり、上陸している時間も短いので、あまりゆっくり写真を撮ることはできません。
しかし、今後崩壊が進むにつれて今の姿を見ることができなくなってしまうかもしれませんので、ご興味がある方は訪れてみてはいかがでしょうか。
結構楽しかったです。
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